積読書店員のつくりかた

とある書店員が気ままに書く、本と本屋さんとそれをつなぐ人々についてのつぶやき。書店と読書とイベントな日々、ときどき趣味。

アマゾン帝国、動く。再販制崩壊への一歩? 時限再販スタートで、本の値引き販売を先導へ



Amazonと出版社による、本の値引き販売へ

深夜に興味深いニュースが流れたきたので思うところあって、「再販制」をテーマに軽く記事を書きます。タイトルの「観測気球を上げる政治記事」みたいな煽りフレーズは反省してます。

それはさておき、そもそもの再販制を議論していた数年前、公取として「再販制廃止」の意向という情報も一時期流れましたし、「『本』イコール『定価』」という固定概念の展望はまだまだ先行き不透明だと思います。崩壊とまでいくかどうかは今後の取り組み次第でございすが。

さっそく記事を確認してみよう

それではまず、日経のニュースから報道内容をチェックしてみましょう。

取り組みへの参加版元は、POD注力の「インプレス」、電子書籍への取り組みも目立つ「翔泳社」、そして何より時限再販に積極的に取り組む「サンクチュアリ出版」などのビジネス書・実用を中心とした顔ぶれを見れば、想定の範囲内といったところでしょう。あとは、この枠組みにダイヤモンドが加わったのは、アマゾンの熱の入れようとも解釈することができるのでは。

インターネット通販大手のアマゾンジャパン(東京・目黒)とダイヤモンド社(東京・渋谷)など中堅出版社6社は26日から、発売から一定期間がたった書籍の値下げ販売を始める。まず約110タイトルをアマゾンのサイトで定価から2割下げる。低価格で集客したいアマゾンと、返品を減らしたい出版社の思惑が一致した。


 ダイヤモンド社のほか、インプレス(東京・千代田)、主婦の友社(東京・文京)、翔泳社(東京・新宿)、サンクチュアリ出版(東京・渋谷)、広済堂が値下げに参加する。26日から7月31日まで主に発売後3カ月から数年がたった書籍を値下げし、消費者の反応を見た上で、タイトル数を増やすなど枠組みを広げていく方針だ。

 一方、講談社や集英社など大手出版社は当面は値下げの枠組みに参加しないとみられる。

出版6社、発売後一定期間で値下げ アマゾンと組む :日本経済新聞

今日から始まっている取り組みをチェックしてみた

下記アマゾンのサイト画像は、本日のものです(午前8時現在)。「【期間限定】本のお買い得セール」の文字が見えると思います。

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Amazon.co.jp | 【期間限定】本のお買い得セール

トップで推されているのは、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(ダイヤモンド社)、『ビジネスモデルYOU』(翔泳社)、『やる気のスイッチ! (Sanctuary books)』(サンクチュアリ出版)。

いまや伝説となったハックルベリー氏のもしドラを筆頭に、ロングセラーと版を重ねて売れ行き好調なアイテムを上げていますが、正直リンク先を見ていただければ気づくことがあると思います。

 

アマゾンのお買い得セールの中身とは

 パッと見の印象ですが、あまり目ぼしいタイトルは含まれていないように思います。もちろん、私の欲しい作品がなかっただけの可能性は否定できないけれど。

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そしてなにより値引き販売した金額「(画像でいう)1123円←1404円」よりもKindle版(649円)の方がお値段が安くなっているアイテムも多く、訴求インパクトに欠けるというのが率直な感想ですね。

はたして記事中にあるような、「消費者の反応」があり、「タイトル数を増やすなど枠組みを広げていく」ような展望が開けるのか。推移を見守りたい。

「時限再販」の実情は

脚光を浴びる形になった「時限再販」ですが、業界では値引き販売を、基本的には行われていないのが実情です。当然再販制という法律の壁もありますが、その他の要因としては主に下記3点を挙げることができます。

  1. 定価販売品との整合性
  2. 導入、準備、販売オペレーションの煩雑さ
  3. 店舗としてのブランドイメージ

やはりメインは(1)。「本」が値引きされていることは、業界としても、お店としてもイメージが受け付けないからというのが個人的な感想です。

少々横道に逸れますが、時限再販と似たような販売形態として「バーゲンブック(B本)」、「自由価格本」など(呼び名が違うだけで同じ意味)があります。30~70%引きといった幅がありますが出版社に返品されてきた商品を在庫しょぶ…以下自粛。

まぁしょっちゅうB本売ってたら「定価が高っ!」ってなりますし、在庫しょ…なのであまりイメージ的にも良いものとは思えません。現に、B本を提供する版元は「あそこ経営が危ないらしい」とか噂が立つこともあります。そして「ゴ○」さんは逝った…。

けれども、バーゲンブックを常設にしている書店はあります。池袋の某店にもあるし、私の近所のお店も棚があります。内容は、だいぶ古い健康本、ダイエット本などの実用書、絵本・知育玩具系の児童書などが多いという印象。

なぜ新刊書店がバーゲンブックを売るかというと、文具・雑貨を取り扱う本屋が増えているのと同様に、利益率が良いから。経営判断としてはそうなりますね。

そもそも「時限再販」ってなんぞや

「時限再販」の前に、再販という単語に触れないわけにはいかないのですが、「価格再販売維持制度」、要は定価販売のことである。「メーカー希望小売価格」とかではなく、文字通り「メーカー(出版社)によって『定』められた『価』格での販売」のことです。

その再販制度の例外として、「時限再販」があるんですね。

 一定期間は、出版社がきめた価格で売り、その期間経過後は書店がきめた値段で売るやり方をいいます。

新文化 - 出版業界紙 - アットランダムに再販制度基礎知識 - 第4回

調べれば調べるほど、周りに聞けば聞くほど業界内でも議論は百出する問題ではありますが、Amazon以前に実際に取り組んでいる会社があります。

それがMPDという会社。

業界ではご存知の方も多いでしょうが、詳しくは下記新刊JPニュースの記事に担当者へのインタビュー内容があるので引用します。MPDとはザックリ言えば、2大取次の一角である日販の「TSUTAYA担当部門」のことだと認識してもらえば、まぁ間違っていないと思います。

 川村:この企画は2013年5月に出版された「食べるなら、どっち!?」(サンクチュアリ出版)から取り組んだ。
しかし、他の出版社は反応が鈍かった。そこで、編集協力金を支払うことを条件に時限再販マーク付きの本を出版してもらうことを交渉した。もちろん、TSUTAYAで販売する時は「チャージ契約」をプラスする。
私たちは責任を持って売り伸ばすという企画に育てたいと考えている。

不況にあえぐ出版業界を変えるか 「時限再販」を追う(後) - 新刊JPニュース

 ここで、出てきたのが、最初に今回Amazonと取り組みを始めることとなったサンクチュアリ出版。この版元さんは新刊の段階から(うろ覚えの記憶では新刊タイトル全点だったと思う)丸(時)マークを入れております。実際にどんなものかというと手元に『覚悟の磨き方』があったので見てみましょう。

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上記タイトルは、2013年5月の発売ですが、「赤線の引いてある、『(時)2013年8月末日まで」(新刊期間)は必ず定価で販売してくださいよ」という表記です。

ここ数年の出版業界の流行

ここで、「チャージ契約」という単語が出たので、子どもたちが妖怪にハマるように、業界で流行中のチャージ(報奨金)というシステムをざっくりご紹介します。報奨金という名の、いわゆるお小遣い制度のことでございます。

特定の本を売ることで「書店が出版社から報奨金をもらえる」制度のことなのですが、内容としては*1書店が、一定冊数(約3~10冊)を注文して一定期間(1,2か月から1年)の間に本を売ると、1冊につき「数%~約20%」の報奨金がもらえます。

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↑業界的には三者スクラムでいいことばかりのような表記ですが、弊害もあります。

どの書店も似たような商品ラインナップになってしまうこと!

個人的にはあまり好きじゃないのはここだけの話。だって私には1円も入らないもん(笑)ということもあるが、なにより棚(特に平台)が固定化されるのは正直嬉しくない。

最後に

取り扱う内容が範囲が広すぎて、ざっくりすぎる記事になってしましましたが*2ひとまず今朝に関わる話題はおおまかにはバッチリ網羅!

あなたもこれで「時限再販ってのはね」って業界人ぶれる……ハズ!!

私の思うところの詰まった2つの記事をご覧いただき、一端この記事を終わりにしたい。今後の経過をチェックするためにも。

日本では、日書連(日本書店商業組合連合会)が団体間の交渉がカルテル行為になることを懸念して、静観する空気一色。座して死を待つとは言いすぎであるが、品がよすぎる。

新文化 - 出版業界紙 - 編集長のページ「過ぎたるは及ばざるがごとし」

値引きできる体力のある小売店しか生き残れなくなるので、書店も激減して寡占化が進むだろう。そうなればなおのことマーケティング重視の書籍しか生き残れなくなる。

それをどう考えるかだ。

編集者の日々の泡:自由価格本

「Amazonと出版社による値引き販売」記事のまとめ

今回のAmazonの値引き告知が、直接「再販制」の議論に結びつくかまでは、私も分かりません。

けれども、業界の印籠である「再販制度」をアマゾンが利用したことで、「『時限再販』をどのように活用するか」を問われているのは間違いありません。

それは鎖国状態の出版書店業界に突き付けれられた、黒船『アマゾン』からの大砲でもある。

 

おまけ

彼ら出てくるかなぁ……。

b.hatena.ne.jp

STOP!! Amazon!! ●出版社へ呼びかけ: 日本出版者協議会

(追記)東洋経済関連記事

toyokeizai.net

(追記2)主婦の友が猛烈に抗議している件

「再販制を守るため」との理由はいまいち理解しがたいがね。

本日、日本経済新聞に掲載されました「アマゾンで2割値下げ」に関する記事について、全く事実と異なる部分についてご説明いたします。

主婦の友社はアマゾンと「時限再販契約」など一切結んでおりません。

日本経済新聞6月26日付報道について | 主婦の友社 会社情報


www.itmedia.co.jp

*1:ちなみにジャンルはこれまたビジネス書、実用書が多い

*2:本格的に書くと数日かかる…という言い訳