小さな幸せに包まれた、すみれ色の『ビオレタ』を読んだ
ふと気づくと眠っていた。
読み始めたころはお昼過ぎだったのに日が落ちている。時計を見ると覚えている時刻からは1時間ほどしか経っていなかった。が、それは長いこと幸せな深い眠りに落ちていたように感じられた。
書店員をしていると、時たま一心不乱に、村山由香先生の言葉を借りれば「周りの音が聞こえなく」なるように、没頭する文芸作品に出会えることがある。今回はまさにその事例。
のめり込み過ぎて、冒頭書いたようなあいま寝るのを惜しんで*1読み耽った、寺地はるなさんのデビュー作で新刊の『ビオレタ』(ポプラ社)をぜひともオススメしてみたい。という訳で久しぶりにブログ記事を書いてみる(っと、ひっそりと復活報告)。
物語のあらすじ
婚約者から突然別れを告げられた田中妙は、
道端で大泣きしていたところを拾ってくれた
菫さんが営む雑貨屋「ビオレタ」で働くことになる。
そこは「棺桶」なる美しい箱を売る、少々風変わりな店。
何事にも自信を持てなかった妙だが、
ビオレタでの出会いを通し、少しずつ変わりはじめる。
卑屈で、言動を裏読みしてしまう<わたし>こと、田中妙(たえ) は、23歳から27歳までの「日数にして何日だ、時間にして何時間だとあさましくめまぐるしく計算してしまう」4年間を共に過ごした婚約者慎一と、「親子連れがギャアギャア喚くやら高校生のカップルがいちゃいちゃするやら床にはフライドポテトが散乱している」ファーストフード店という空間で別れ話をすることになる。
ひとつの恋愛が終わったところから本作品は始まる。 結婚するために会社も退職してしまった<わたし>が予期していなかったこの別れによって出会ったのが、凛々しく、峻厳とした美しさのある北村菫(すみれ)。彼女は、お店の名前を父から引き継いだ会社名からとった雑貨屋『ビオレタ』を営んでいた。肝心のお店は、「普通の家の門扉から入って、玄関を横目に通り過ぎていかない」と入れない、「築六十年の自宅の一部を改装した」「六畳ほど」の本当にこじんまりした空間であるけれど、目の前には広がる「だだっぴろい庭」があった。
取り扱っている雑貨は、アクセサリー、ブックカバーやお人形、そして装飾された宝石箱など。宝石箱、別名「棺桶」にはお客さんがモノや記憶を弔ってほしくて、ときどき訪ねてくることもある。
『ビオレタ』の由来
ビオレタはスペイン語で菫(すみれ:筆者補足)という意味らしい
そう、『ビオレタ』菫さんのお父さんが娘に関係する名前にしようと、英語名「バイオレット」では物足りなかったのか、シャレオツなスペイン語からとったのでありました。ちなみに花言葉は、「謙虚」・「誠実」、「小さな幸せ」。また紫のすみれだと「愛」もありますね。
「いつも心に棺桶を」
ひとは誰しも封印したい、もしくは背けたくなる、記憶や思い出がひとつやふたつはあると思う。私だってそう。幸せな思い出の中に生きている、と昔の大切な時間を懐かしむときがある。逆に「背負っていくべきもの」や消したい過去、ええそう、いわゆる黒歴史なんかもあったりする。
本書では、あるご老人は万年筆を、ある妊婦さんは母とつくったお人形さんを、ある男性は妻との思い出を、来店して弔ってゆく*2。
自分の心のうちにあるわだかまりを、目に見える形でひとつの決着をつける行為。それはある種の「天然の精神安定剤」や「罪滅ぼし」なのかもしれない。
芽生えてくるさまざまな「感情」、それを巧みに綴る「表現」
あなたは、「自分の気持ちを言葉にして表現する」ことをやってみたことがおありだろうか。実際に文章として書いてみると……驚くほど決まりきったパターンの表現が組み込まれていることに、我ながら苦笑いすることも間々ある。だが、本書で触れた感情は、独特な表現もあるが納得できる、想像できる惹きこまれる表現が多々見ることができた。会話も流れるようなリズムの良さで入ってくる。
「これらは全てわたしの脳内劇場で上映されたものであって、事実とは違うかもしれない。でも同じフィルムを何度も繰り返し見ているといろんな感情がマーブル模様になって、わけがわからなくなる。」
「(筆者自粛)の心は美しい庭と同じなの。風通りが良くて、明るくて、居心地がいい」
「必要とされていないのがつらい
いてもいなくてもどうでもよいような存在である自分、というのがつらい。」「二匹のねずみの絵本…(中略)…二匹のねずみは仲良しで、いつも一緒にいて、どんぐりを集めたりフライパンいっぱいにカステラを作ったりする。*3
「こばと」
「くるみ」
「あくび」「感情の自動補正機能」
一番共感したフレーズ
この表現は私に突き刺さった。どの世界にもいるんですね、ミスを論って、自分の優秀さを誇示する輩が。その人に教え諭すためではなく、存在意義を。先週やってた深夜ドラマ「太鼓持ちの達人」の田中美奈子さんの役回りなんかが、まさにこれだと思うのですが。独自ルールとか作っちゃって。ホントにヤになっちゃうわ、もう。
「あんまり、自分はダメだ、なんて言わない方が良いよ。そういう奴らは委縮してる相手を見て満足するんだ。人を見下して喜ぶようなくだらない奴にサービスしてやる必要はないよ。相手を貶めたら自分が良くなるってわけでもなかろうに」
補足
読後の感覚冷めやらぬままに書き連ねた感想
【ビオレタ (一般書)/寺地 はるな】<わたし>目線で語られる、雑貨屋『ビオレタ』を通した人々との触れ合い・日常。ひとつの恋愛の終わりから物語は始まる。ひとつの出来事によって揺れ動く、<わたし>の心の... →http://t.co/OrRmMErVh9 #bookmeter
— 積読書店員ふぃぶりお (@fiblio2011) June 7, 2015
今週のお題「雨の日が楽しくなる方法」
本書の中では、雨の情景描写も数度あり、どの箇所も楽しめると思う。その中から、少し長くなるけれど引用させてもらう。
電車に乗って、扉の前に立つ。外を眺めていると、目の前のガラスに水滴がひとつ、斜めに走った。目を凝らすうちにどんどん激しさが増して、窓に新しい模様を描く。電車を降りて、駅の出口に立って思わず、うわ、と呟く。雨の鉄格子がわたしと夜を遮っている。
どのような場面の中で使われている表現かは、作品を読んで確認していただきたいと思います。ストーリーの中である部分に引っかけた比喩表現だと理解したのですがどうでしょうか(これは僕の読み方があってるか分からないけれど)。
(参照)リンク ※リンク先追加はてな住民の方々のご感想も参考に
寺地はるな『ビオレタ』読了。終始ニヤッとする可笑しみがありながら、いいものと悪いものがぎゅうぎゅうに詰まっている。場面転換と回想の入れ方が巧みで、平たく読めるけど奥行きがある。そして言語センスがいい。これはよいものです。
— きまや (@kimaya4125) 2015, 6月 7
まとめ
そして最後にどうしても伝えなければなりません。
寺地さんは……
はてなの住人なのです!!!!
次の夢は、いつか書店の棚に自分の名前の仕切り板を作ってもらうこと! 叶う日が来るように、地道に頑張りたいと思います」。
www.webasta.jp
そう遠くない日に、必ずや文芸の棚に「寺地はるな」という名の仕切板*4ができると信じております!!!!
- 作者: 寺地はるな
- 出版社/メーカー: ポプラ社
- 発売日: 2015/06/04
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログを見る
*1:結局睡魔には負けて少しお昼寝しちゃったけどw
*2:ただ<わたし>妙の婚約者からもらった指輪を、菫さんは弔わせてくれない。
*3:それ、なんと、ぐ……以下自粛」
*4:「村上春樹」や「有川浩」のような著者表示のこと。参照元はジャンルの仕切り板写真がございます 勝手に本屋ミシュラン#65 - 本屋のほんね